アンビバレンツと ジレンマと
           〜お隣のお嬢さん篇


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以前は たまに戯れにだろう爪を真っ赤に塗ってたりもした彼奴で。
けれど、そんなもの要らない身なのだと自分で気づいたか、
それとも そこもその聡明さで知っていたものか、
化粧まで毒々しかったという様子は、思えば記憶にはない。
長い睫毛に縁どられた双眸は表情豊かで、
判りやすく睫毛を瞬かせて弾ませれば無邪気に映るし、
逆にやや伏し目がちにしておればアンニュイな風情を醸せたし。
甘い響きの声をやや低めに引き延ばして囁けば、
どれほどの逸物でも相好を崩して墜とせた小悪魔で。

「相変わらずセンス悪いのね、キミ。」

出会い頭にそんな毒を吐かれるのにも慣れた。
いまだに見目麗しいままだし、
昔だとて ある意味“化け物”な級の魔性の塊だったこいつに言われてもなと
さすがに もはや聞き流せる言となってもいて。
当時はまだ十代だった年齢相応からやや大人まで、
どんな女にでも化けられたほどの蓄積豊かな表情術がぞんぶんに活かせただろう、
モデルばりの長身と均整の取れたプロポーションをし。
そこへ俳優ばりなそれとして身に染ませたらしき
絶妙なまでに意味深な所作動作を載せれば、
印象的な存在として場の空気を掻っ攫うのもお手の物。
そっけない既製服でも、飾り気のない黒服でさえ、
着崩せば妖冶な色香がしたたったし、
首元までボタンを留めてかっちりと着込んでも、
そこに押し隠した色香を想像する形で注視を集めるのは容易かったようで。

 とはいえ、そのどれもこれも こやつにすれば単なるスキル。

其れでどれほどの男を墜とせても、
世間を要領よく渡り歩けても、
何の自慢にも愉悦にもつながらないらしいというのも
相棒だったせいでようよう知っている。
そんなものが欲しいわけではないからと、そこのところは捌けたもので。
こたびの仕掛けとやらでも貫いてたらしきこと、
不要な“色”の仕事はしないというの容易く通せるのも、
そういうテクがあればこそ、
際どいところまでなびかせといて さらりと躱せるのだろうて。

 「で? 首尾よく運べたの?」

剣呑な枕はもうたくさんだと
話を進めるべくやや強引に話の穂を奪ってそれを訊いた中也へ、

 「ええ。いい情報をありがとう。」

ちょっとばかり芝居がかった言いようで、
余裕を見せてか そうと返すところがやはりいやな女だと、
マフィアの女幹部に眉をしかめさせているのだから最恐だろう。
思わぬ拍子に話の肴に持ち出され、借りを作りたくなくってか、
事後報告にと太宰の側から呼び出されたのは、先に会ったのと同じバー。
仕事上がりという時間だったのでと、遠慮もなくのワインを頼めば、
黄昏色の照明の下、
黒ずくめの拵えにはグラスを揺らす妖冶な所作も馴染んで艶っぽく。
店内の男衆らがついつい秋波じみた視線を投げてくるが、
実際のところ、中也の側とてナンパな男には欠片ほども関心はない。
身のうちに虎を飼いつつ、当人はいたいけない仔猫のような、
そりゃあ愛らしい恋人に夢中だからで。
その恋人ちゃんの上司にあたろうこの長外套の女には、
そういう方面からの弱みが出来たようなものかもしれないが、
何のこっちだって、
いやさ この女にだって人並な弱みはあるのだと気が付いていて。

 「前支度が上々だったんで、
  本番の宴席じゃあ呆気ないほど容易く仕事もこなせてね。」

何をどうとまでは話してなかったし、
部外者の相手だ、わざわざ言う気もなかったが、
それでも情報を得るのに頼った格好になっているので、
一応は報告しとこうということか。
敦くんのメイド姿も愛らしくてねなんて、
無難なところを付け足して、
その前支度の段階で、貴女に協力を得たわけよと
何とも遠回しな言いようをした彼女。
長い脚をひょいと組んで止まり木に腰かけてる様子が何とも粋に決まっており、
やや猫背気味にたわめた背中も嫋やかならば、
今宵も水割りらしいグラス、
甘い表情醸した指先で縁を摘まむように持ち上げる様子も婀娜っぽく。
肩や背中へボリューミーに流したくせっ毛に隠れちゃいるが、
首元には相変わらずの包帯を巻いているし、
これで件の男への色仕掛けもどきが出来たのかと問えば、

 「ウチには幻惑の異能を操る子がいるもの。」

素肌のままなよに誤魔化すのなんて簡単よぉと、
首元伸ばして小さく笑いつつ、
その髪をわさわさ揺すぶって見せる所作が何とも艶っぽいが、

 「その目はやめてよね。」
 「目?」

不意に真摯な目つきになって此方を見やった彼女。
何か妙な睨みつけでもしてたかなと、中也が小首を傾げれば、
ずいっと顔を近づけて来て囁いたのが、

 「これ見よがしに女の武器振り回してやんよ、この女っていう
  半分侮蔑混じりの呆れ顔の目。」

あんたってば、自分があんまりそっちの手管は苦手だったせいか、
昔っから私の話を聞くときはいつもそういう顔になってた。

 「でもさ、これも知ってるよね。
  私、別にそんなもの振り回して猟果を誇りたい性分じゃあない。」

要領がいいばっかの浅はかな女だって見下したくなるのは判らなくもないけど、
自分にないもの持ってる相手をそういう形で見下すのはよくないよ?なんて。

 「〜〜〜〜〜っ

これも気の置けない相手ゆえの遠慮のなさか、
いやいやそんな可愛いこっちゃなかろうよ。
何をどう言えば一番の逆鱗へ触れるのか、
ようよう知ってるからこその、抉るような物言いをする。
相も変わらず可愛げのない言い方をするところが腹立つ〜〜っと、
こめかみに血管浮かせてしまったのも束の間で。
ちょっぴりニマニマと薄く笑い、挑発的な顔でこちらを見やる元同僚へ、

 「アタシにそんな態度取ってると、しまいにゃあ芥川に」
 「何よ、何か陰口でも?」

そんな卑怯な真似はしないよね、だってあんた妙に義理堅いしと言い返したいか、
そんな反撃の間合いをこそワクワク待ってるその顔へ、
こちらこそふふんと薄く笑い返すと、

 「手前がマフィア時代に墜とした女の数を全部ばらす。」
 「う…。」

多少は把握してるだろろうなとかいうレベルじゃあ無かろうよ。
開けっ広げに懐いてた可愛い辺りはあいつも知ってるんだろうけど、
そんなのどころじゃあない、刃物持って復縁迫って来たのもいたし…

 「判った、頑張って改めるからそこは黙ってて。」

ばっとこちらを向いて手を合わせまでするから、
半分ほどは演技じゃあなかろう、本気で焦っているらしく。
昔も実はそうだったのだが、案外とこの女傑、あの少女にかかわることでは弱い。

 “…というか、アタシんだけ色々本音をこぼしていたもんねぇ。”




to be continued.(18.08.20.〜)




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 *中也さんの一人称をちょっと変えました。
  何処までも男前のひとなので、
  それで“俺”呼びでは女体化させてるのが判りにくいにもほどがあったので。